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旭川地方裁判所 平成8年(行ウ)3号 判決 1999年6月08日

北海道稚内市大黒三丁目三番二五号

原告

盆子原光美

右訴訟代理人弁護士

金谷幸雄

北海道稚内市末広五丁目六番一号稚内地方合同庁舎内

被告

稚内税務署長 大場烈

右指定代理人

千葉和則

亀田康

高松繁晴

村岡智幸

畑田博

川村利満

市川光雄

沢田和宏

神陽一

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

(甲事件の請求)

一  被告が原告に対してした平成三年分以降の所得税の青色申告承認の平成六年四月二六日付け取消処分を取り消す。

二  被告が原告に対してした次の1ないし3の平成六年四月二六日付け各処分をいずれも取り消す。

1 原告の平成三年分の重加算税を一八万五五〇〇円とする賦課決定

2 原告の平成四年分の所得税の更正処分のうち総所得金額四六一四万八五六九円及び納付すべき税額一二六〇万八六〇〇円を超える各部分並びに同年分の重加算税を二九万五〇〇円とする賦課決定

3 原告の平成五年分の所得税の更正処分のうち総所得金額三三九四万七七五六円及び納付すべき税額七〇〇万八五〇〇円を超える各部分

(乙事件の請求)

被告が原告に対してした次の一ないし三の平成九年一〇月一五日付け各処分をいずれも取り消す。

一  原告の平成六年分の所得税の更正処分のうち総所得金額二七九九万九三〇八円及び納付すべき税額二五三万六五〇〇円を超える各部分並びに同年分の過少申告加算税を二四万一〇〇〇円とする賦課決定

二  原告の平成七年分の所得税の更正処分のうち総所得金額二三八二万一〇四〇円及び納付すべき税額一〇一万〇一〇〇円を超える各部分並びに同年分の過少申告加算税を二一万円とする賦課決定

三  原告の平成八年分の所得税の更正処分のうち総所得金額三〇四三万〇二五四円及び納付すべき税額三〇二万九一〇〇円を超える各部分並びに同年分の過少申告加算税を二四万一〇〇〇円とする賦課決定

(丙事件の請求)

被告が原告に対してした平成九年分の所得税の平成一〇年五月七日付け更正処分のうち総所得金額二八八八万七三一九円及び納付すべき税額三〇〇万二六〇〇円を超える各部分並びに同年分の過少申告加算税を二二万六〇〇〇円とする同日付け賦課決定をいずれも取り消す。

第二事案の概要

本件は、歯科医である原告が、被告稚内税務署長から、平成三年分及び平成四年分の所得に関し、国税通則法(以下、「通則法」という。)六八条一項及び所得税法一五〇条一項三号に該当する事実(意図的な売上除外)があると指摘されて、平成三年分以降の所得税の青色申告承認の取消処分、平成三年分及び平成四年分の重加算税賦課決定処分、青色申告者に認められる特典を否認する平成四年分ないし平成九年分の所得税に関する更正処分、平成六年分ないし平成九年分の過少申告加算税賦課決定処分を受けたことに対し、被告から売上除外と指摘された売上げはそもそも存在せず、又は売上除外の故意もないから被告が原告にした右各処分は違法であるなどと主張し、右各処分の取消しを求めたという事案であり、主な争点は、(一)被告主張の別表一記載の売上分について実際に原告にその売上げがあったのか、(二)売上げの計上漏れがあったとしてもそれは原告の故意によるものか(伝票等の転記ミスにすぎないのか)、(三)被告のした右各処分に裁量権の逸脱又は濫用がなかったか、(四)被告のした右各処分に手続的な違法性がなかったかという点である。

一  (争いのない前提事実)

1  原告は、歯科医業を営む者であるが、被告に対し、平成三年分ないし平成五年分の所得税について、いずれもその法定申告期限内に、別表四の確定申告欄記載のとおり青色の確定申告書を提出した。

2  被告は、杉山特別国税調査官(以下「杉山調査官」という。)に対して原告に関する税務調査を命じ、同調査官が、平成五年九月二七日以降原告の自宅兼事務所に臨場し、右申告の基礎となった帳簿書類等の調査(以下「本件調査」という。)を行った結果、次のような事情が判明した。

(一)(1) 原告の歯科医院では、窓口担当職員の榎並明美(以下「榎並」という。)が、医院の窓口において現金で受けとる収入(以下「窓口収入」という。)を受領の都度レジテープに記録し、日々の診療が終了した後、レジテープに記録された金額と現金在高を照合した上、レジテープ及び現金を原告に引き継ぐ。

(2) 原告は現金を管理し、レジテープを原告の妻静子(以下「原告妻」という。)に引き継ぐ。

(3) 原告妻は、レジテープを基にして、社会保険診療収入(以下「保険診療収入」という。)と自由診療収入の各合計額を日計伝票に転記する。

(4) 原告から依頼された税理士は、右日計伝票を基礎として総勘定元帳を作成する。

(二) 原告は、平成四年分以前のレジテープをすべて廃棄していた。

(三) 別表一記載の分については、技工室に存在したノート(以下「技工記録」という。)に技工の記録はあるが、それに対応する自由診療カルテ及び領収書の控えがなく、日計伝票及び総勘定元帳にもそれらの収入の記載がなく、税務申告の対象とされていなかった。

(四) 別表二記載の分については、領収書の控えはあるものの、自由診療カルテが存在せず、日計伝票及び総勘定元帳にもそれらの収入の記載がなく、税務申告の対象とされていなかった。

(五) 別表三記載の分については、領収書の控え及び自由診療カルテはあるものの、日計伝票及び総勘定元帳に記載がなく、税務申告の対象とされていなかった。

3  原告は、被告の求めに応じて、平成五年一二月一六日、被告に対し、平成三年分及び平成四年分について、別表四の「修正申告」欄記載のとおり、別表一ないし三記載の分を売上げとして計上する修正申告書を提出した。

4  被告は、平成六年四月二六日付けで、平成三年分以降の所得税の青色申告承認の取消処分(以下「本件青色取消処分」という。)を行うとともに、右修正申告に対応して新たに納付すべき平成三年分及び平成四年分の税額について、別表四の「重加算税の額」欄記載のとおり重加算税の賦課決定処分を行った。さらに、被告は、右同日付けで、別表四の「更正処分」欄記載のとおり平成三年分ないし平成五年分の所得税について、青色申告者に認められた特典を否認する更正処分を行った。

本件青色取消処分の通知書には、取消しの理由についておおむね次のように記載されていた。すなわち、本件調査によると、原告は、平成三年分の所得税に関し、レジテープ及び自由診療カルテを廃棄するとともに、自由診療収入を、備付帳簿である総勘定元帳(自由診療収入)に記載せず、当該売上げを除外した帳簿に基づき青色申告決算書及び確定申告書の作成並びに提出を行ったことが認められ、右事実は、所得税法一五〇条一項三号(青色申告の承認の取消し)に規定する「帳簿書類に全部又は一部を隠ぺい又は仮装して記載し、その他その記載事項の全体についてその真実性を疑うに足りる相当の理由があること」に該当する旨が記載されていた。

5  原告は、被告に対し、本件青色取消処分、平成三年分及び平成四年分の重加算税の各賦課決定処分及び平成四年分及び平成五年分の所得税の各更正処分について、平成六年六月一七日及び同月二三日、異議申立てをし、被告は同年一〇月四日及び同月一四日付けでいずれについても棄却する旨の決定をした。

さらに、原告は、平成六年一〇月二八日、国税不服審判所長に対し審査請求をしたが、同所長は、平成八年六月一八日付けで原告の右審査請求を棄却した。

6  原告は、被告に対し、平成六年分ないし平成八年分の所得税について、いずれもその法定申告期限内に、別表五の「確定申告」欄記載のとおり、青色の申告書を使用して確定申告書を提出した。

これに対しても、被告は、平成九年一〇月一五日付けで、本件青色取消処分に基づき、各年分について別表五の「更正処分等・過少申告加算税の額」欄記載のとおり、青色申告者に認められた特典を否認する更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした。

7  原告は、被告に対し、右各処分について、平成九年一〇月二九日、異議申立てをし、被告は平成一〇年一月二二日付けでこれを棄却する旨の決定をした。

さらに、原告は、平成一〇年二月四日、国税不服審判所長に対し審査請求をし、同所長は、同年三月三一日付けで原告の右審査請求を棄却した。

8  原告は、被告に対し、平成一〇年三月一二日、平成九年分の所得税について、別表六の「確定申告」欄記載のとおり、青色申告書による確定申告をなした。

被告は、これに対し、平成一〇年五月七日付けで、別表六の「更正処分等・過少申告加算税の額」欄記載のとおり、青色申告者に認められた特典を否認する更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分をした。

9  原告は、被告に対し、右各処分について、平成一〇年六月一五日、異議申立てをし、被告は同年八月四日付けでこれを棄却する旨の決定をした。

さらに、原告は、平成一〇年八月一八日、国税不服審判所長に対し、審査請求をし、同年一一月二六日、右審査請求を棄却した。

二  (被告の主張)

1  現実の売上げの存在

別表一ないし三記載の分は、すべて現実には売上げがありながら元帳等に売上げが計上されていなかったものである。原告は、そのすべてについて売上げを計上漏れしたものであることを認め、すでに修正申告に応じている。また、別表一記載の平成三年分については、原告から税務申告事務を依頼されていた堀公忍税理士(以下、「堀税理士」という。)も計上漏れであることを認めていた。

2  原告による意図的な売上げ除外

以下の点からすると、別表一ないし三記載の計上漏れは、原告が、意図的、作為的に、自由診療収入の一部を除外し、総勘定元帳に記載しなかったものと判断することができる。

(一) 本件調査の際、売上げの計上漏れについて、原告本人に聴取したところ、自分で自由に使える金を捻出するために、受付担当職員からレジテープ及び現金を引き継いだ後、現金を抜き取り、除外した金額分の記載をレジテープから横線で抹消して原告妻に引き継いでいた旨の申し立てがあった。

(二) 原告の窓口収入の経理処理によると、レジテープから日計伝票への転記漏れや誤記があった場合には、現実の現金残高が帳簿上の現金残高より多くなるところ、これが未解明のまま放置されていたということは、その原因が売上除外によるものであることを原告が承知していたからにほかならない。

(三) 申告納税制度を採用した所得税法の趣旨に照らせば、青色申告者は、帳簿書類を適法に記録、保存し、これらをもとに所得金額の正当性を説明する必要があるというべきところ、原告は患者ごとの氏名、保険種類別収入金額等を記載した帳簿を備え付けていないから、各診療日における個々の入金状況が保険診療及び自由診療の別に記録されているレジテープが窓口収入を検証する上で唯一の重要な原始記録であるということができる。そしてこれが廃棄された場合には税務調査において総勘定元帳に記載された収入金額の適否の検証が困難になるのであるから、原告は、当然にレジテープを保存すべきであった。

そうであるのに、原告は、このようなレジテープの重要性を十分認識しながら、平成四年分までのレジテープを廃棄していた。これは、レジテープの保存によって収入除外の事実が一目で露見することから、原告が収入除外の事実を隠すために廃棄していたものと評価することができる。

(四) 別表一及び二記載の分については、対応する自由診療カルテがなかったが、歯科医は治療の内容を遅滞なくカルテに記載し、かつ、五年間保存しなければならない(歯科医師法二三条)ほか、これをもとに治療費を請求するのが通例であるから、カルテの作成を失念するということはありえない。まして、自由診療による歯の治療は、少なくとも二回以上行われるのが通例であるところ、一人の患者について二回以上カルテの作成を失念することは、一層考えられないことである。また、本件調査時、原告は自由診療カルテを、その年の申告が終了した時点で廃棄したと述べている。

したがって、本件調査時に提示されなかった自由診療カルテは、作成後廃棄されたことが明らかである。自由診療カルテは、レジテープとともに、自由診療収入を検証する上で極めて重要な書類であるから、これを廃棄した行為は、原告が故意に売上げ除外をしていたことを示している。

右によれば、原告は、その所得の一部を隠ぺい又は仮装したものであるから、通則法六八条一項(平成三年分及び同四年分)の重加算税賦課決定事由及び所得税法一五〇条一項三号(同三年分)の青色承認取消処分事由があるということができる。

三  (原告の主張)

1  別表一記載の分は現実の売上げがないこと

別表一記載の分について、技工記録は歯科技工士が作成していたものと思料されるが、技工記録の記載から直ちに治療実行・売上収入が存在したと断定できるものではない。技工記録に記載されている分の中には、患者の事情により治療そのものを中断したり、治療内容を変更することがあり、実際に原告が実施する治療と合致しない場合があり得る。

本件調査の際、原告は、技工記録の存在すら知らなかった上、別表一記載の三四件について治療したという明確な記憶がなかったので、調査官にその旨を述べたが、調査官は原告の説明を聞き入れてくれず押し問答となった。原告は、診療時間が削減されることを回避するために、納得しないながらも未確認のまま調査官の主張を受け入れて修正申告に応じたにすぎず、真意に基づいて計上漏れを認めたものではない。

2  故意ないしは作為の不存在

仮に被告が主張する計上漏れがあったとしても、以下のとおり、原告は、故意ないしは作為をもって売上げを除外したのではなく、単純な計上漏れにすぎないから、通則法六八条一項及び所得税法一五〇条一項三号には該当しない。

(一) 原告妻がレジテープから日計伝票、総勘定元帳へと順次転記する際の転記漏れや数字の誤記が計上漏れの原因であると思われる。

原告は、日計伝票や総勘定元帳の作成には一切関わっておらず、客観的に右の隠ぺい又は仮装をする立場にはなく、原告妻の転記漏れや誤記についても全く認識していなかった。

(二) 原告の平成三年分の歯科診療による収入金額は一億一〇七〇万円余であり、これだけの収入をあげている者がわずか二五万円(比率〇・二パーセント)を恣意的、作為的に売上げ除外して脱税を図るとは到底考えられない。

(三) 別表二、三記載の分については、領収証(控)や自由診療カルテが存在するのであるが、原告が売上げ除外を企図していたならば、あえて売上げ除外の決定的証拠となる領収証控えや自由診療カルテを作成し、本件調査時まで保管していることはあり得ない。

(四) 原告は本件調査の際、所得の一部を隠ぺいした事実を認めるような供述をしたことはない。

被告は、本件訴訟提起前の一連の不服申立ての手続において、原告が右供述をした旨主張したことはなく、また、原告が国税不服審判所において閲覧した「平成三年以後の青色申告承認取消処分にかかわる調査書」にも原告の右供述についての記載はない。右事実は、本訴の提起を受けて被告が突如として主張し始めたものであり、被告の態度には大いなる奇異と疑念を抱かざるを得ない。

また、被告が本件訴訟提起を予測して、右事実を隠し玉として温存させていたのだとしても、青色申告承認取消処分の理由附記は、原処分・異議に対する決定・審査裁決の各段階において同一であることを要し、不十分な記載を後の手続において追完・訂正することは許されないから、被告が本件訴訟において右事実を主張することはできないというべきである。

(五) レジテープは、原告が、第一次的には窓口職員の現金管理を点検すべく、また、第二次的には確定申告に資するための内部的ないわばメモにすぎず、青色申告者として保存が必要なものではない。そこで、原告は、レジテープは当該事業年度の確定申告が終了した時点において用済みとなるのでこれを廃棄していたにすぎず、被告が主張するように収入を隠ぺいする目的で廃棄したものではない。

(六) 自由診療カルテは、内容が平易なので、原告の口頭指示を受けて榎並が作成していたが、事務多忙等の事情で作成を失念したにすぎず、作成後に廃棄したものではない。特に平成四年一月分ないし三月分に集中しているのは、原告が稚内歯科医師会長として同年四月に行われる総会のための連絡や資料作りなどの準備に榎並ともども忙殺され、自由診療カルテの作成を失念した可能性が極めて高い。

本件調査時、原告が自由診療カルテを廃棄したと述べたことは全くない。

3  裁量権の逸脱又は濫用

青色申告承認の取消しについては、法定の取消要件に該当する事実があったとしても、取消しをするか否かは税務署長の合理的な裁量に委ねられているものと解されており、取消しをするか否かの判断過程では、青色申告制度の趣旨、信頼性の破壊の程度、信頼性の回復の度合い、記帳水準等を考慮して行われるべきである。昭和二六年基本通達五〇三(ただし、昭和四五年七月一日付け廃止)からも、かつて取消しには消極的な考えであったことが窺われ、本件のように極めて軽微な事案に対し、青色申告承認取消処分をすることは容認されるものではない。

被告ないし調査官は、たまたま平成五年八月分の収入のうち一六万円が日計伝票・総勘定元帳への転記漏れとなっていることを発見し、これに乗じて調査実績を向上させたいという使命感と功名心から、原告及び関与税理士に対し、一年間一九六万円、五年間合計九六〇万円について修正申告を強要した。そこで原告及び堀税理士が、平成五年八月の一六万円については、平成六年三月に適正に確定申告することを誓約し、現に右誓約どおりに正しい申告を履行したのに、被告は、あくまで五年間九六〇万円の修正申告を求め、これを原告から拒絶されるや、本来到底青色承認取消事由には該当しない本件程度の軽微な計上漏れに対し、職権を濫用し、報復的、懲罰的に本件青色取消処分及び重加算税賦課決定を敢行したものと推測されるところである。

4  手続違反について

被告の調査官は、原告に対し平成三年分及び平成四年分の修正申告を求めるに当たって、レジテープを保存していないこと、売上げの一部について自由診療カルテまたは領収書控えが存在しないことが、一般論としても青色申告承認取消事由及び重加算税の賦課決定事由に該当する旨の説明をしておらず、まして、原告に対し青色申告承認の取消しを予定していることや重加算税を賦課するつもりであることについては、ほのめかすことすらなく全く告知していない。税務調査の結果、青色申告の承認取消しや重加算税の賦課がなされる場合やその可能性がある場合は、当然、課税庁としては、納税者の不利益が過大であるが故にこれについて必要かつ十分な説明をなし、納税者の納得を得て右の不利益処分を受けるように指導・教育すべきことが配慮されているはずである。本件は、問答無用式に突然青色申告承認取消や重加算税賦課決定処分という重大な不利益処分が断行されており、その実体的側面のみならず手続面においても重大な違法があるというべきである。

四  (被告の再主張)

1  裁量権の逸脱又は濫用について

本件の原告による売上げ除外の金額は決して少額といえない。また、青色申告制度は、申告の基礎となった納税者の帳簿書類の正しさに対する税務官庁側の信頼を前提として成り立つものであることからすれば、原告が、自由診療収入の一部を除外して帳簿書類に不実の記載をし、税務官庁の信頼を裏切った以上、売上げ除外した金額の総収入金額に占める割合は問題ではない。また、原告が当然に保存すべきレジテープや自由診療カルテの一部を廃棄した行為も、税務官庁の信頼を裏切ったという意味において、重要な意味を持っているのである。

2  手続の適法性について

被告が修正申告を求める際、当該事実が青色申告承認の取消事由や重加算税の賦課決定事由に該当することを説明することは、青色申告承認取消処分、重加算税賦課決定処分の手続的な要件ではない。

第三当裁判所の判断

一  裁判所が認定した事実

前記前提事実のほか、証拠(甲一の一ないし四、二の一ないし四、四、五、八の一ないし三、一一、一二、乙一、一二、二二、二三の一ないし三七、杉山証言、原告供述)及び弁論の全趣旨によれば、以下の各事実を認めることができる。

1  旭川中税務署に勤務していた杉山調査官は、平成五年九月二七日から同年一〇月六日までのうち七日間、原告の自宅兼事務所を来訪し、原告の委任を受けた堀税理士立会いのもとで、税務調査を行った。杉山調査官は、右調査に当たって、自由診療収入の計上漏れの有無に重点を置いて調査することとし、総勘定元帳と自由診療カルテ、領収書の控えを照合し、総勘定元帳のコピーに、自由診療カルテから読みとった患者の名前と診療内容を書き込んだ(乙二二)。その結果、総勘定元帳に記載のある現金収入については、すべてそれに対応する自由診療カルテを確認することができたが、逆に、自由診療カルテと領収書控えがありながら総勘定元帳に対応する収入が計上されていないものや(別表三記載分)、領収書控えがありながら対応する収入の計上がなく自由診療カルテもないもの(別表二記載分)が発見された。

2  また、杉山調査官は、技工室において、技工記録を発見した(甲一一・技巧記録抜粋)が、右技工記録には、日付ごとに、患者名(姓のみ)、歯の部位、コア(歯の欠損、研削部分を補填するもの)及びクラウン(コアの上部・周囲にかぶせる冠状のもの)の種別が記載されていた。そこで、杉山調査官は、平成三年分の技工記録の記載と総勘定元帳とを照合したところ、技工記録に自由診療収入に相当する記録がありながら、右収入の金額について総勘定元帳に記載がなく売上げが計上されていないものがあった(別表一の平成三年分)。また、平成四年分については、杉山調査官は、原告と堀税理士に対し、技工記録に記載のあるもののうち、自由診療収入の中で総勘定元帳に計上されていないと思われるものと金額を書き出すように指示した。そこで、原告は、その指示に従った書面(乙一)を堀税理士を通じて杉山調査官に提出した。杉山調査官は、右書面の記載のうち、金額が記載されている分が計上漏れとして原告が記載したものであると判断し、これを総勘定元帳と照合して計上漏れ分を特定した(別表一の平成四年分)。

3  さらに、杉山調査官は、原告に対し、平成三年分及び平成四年分の売上げ除外分について修正申告を促した。さらに、昭和六三年分について社会保険診療報酬の不正請求が発見されたことから、平成元年及び平成二年分について平成三年分及び平成四年分と同様に売上げ除外が想定されるとして、あわせて修正申告をするよう促した。しかし、原告は平成三年分と平成四年分についてのみ修正申告をした(乙一二、杉山証言二一頁)。

4  なお、杉山調査官が右修正申告を促した経緯について、原告は、平成五年八月分について発見された不正請求をもとに昭和六三年分ないし平成四年分について一律一年間一九二万円の修正申告を促されたと供述しているが、右供述によると、杉山調査官は平成三年分及び平成四年分についても調査結果を離れて修正申告を促したことになって不自然である上、原告が実際にした修正申告の内容とも合致しないから、右原告供述をたやすく採用することはできない。

二  争点に対する判断

1  被告主張の売上げの有無

(一) 別表一の売上げの有無について

原告の歯科医院では、診療の結果、義歯等の作成が必要となった場合には、歯科助手が技工士と連絡をとり、義歯等の作成の予定と患者の次回診察の予定を組んでおり、技工士が技工記録に患者の名前、義歯等を完成させる予定日、作成すべき義歯等の内容等を書き込み、独自に作業の予定を管理していたというのであるから(甲一一、原告供述四頁)、右技工記録に記載された別表一記載の分については実際にそれに対応する自由診療が行われたものと推認するのが相当である。また、前記認定のとおり、原告は、杉山調査官の求めに応じて、自ら技工記録の記載の中から計上漏れとなっている分を書き出し(乙一)、これを堀税理士の了解を得て被告に提出した上、さらに右計上漏れを認める旨の修正申告をもしている。したがって、技工記録に記載のある別表一記載の分については、真実その売上げがあったものと認めるのが相当である。

右認定に対し、原告は、技工記録に記載があっても、その後治療が取り消されたり変更されたりする場合があり、必ずしも技工記録の記載に相応する売上げがあったとは限らない旨主張しているが、<1>技工記録が前記目的で作成されていたことに照らせば、治療が取り消されたり変更されたりした場合には、当然この変更や取消しも書き込まれているはずであること、<2>事実、技工記録(甲一一)をみると、いったん書かれた記載が棒線で抹消されているものや日付の変更を示す矢印が書き込まれているものが相当数あること、<3>原告は杉山調査官に対して本件調査の際、技工記録の中には後に取消しや変更になるものがあると説明した旨供述するが(甲一二、原告供述七頁)、他面原告は自ら技工記録の存在を杉山調査官に指摘されるまで知らなかった(原告供述二頁)というのであるから、原告の右供述は原告の推測にすぎないことが明らかであること、<4>原告は、右変更や取消し等の主張を裏付けるような客観的な立証を何らしていないことに鑑みると、右原告の主張をたやすく採用することはできない。

(二) 別表二及び三記載の売上げについて

前記認定のとおり、別表二及び三記載の売上げについては、領収書控えが存在しているから、それに対応した売上げが存在したものと認めるのが相当であり、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(三) 以上によれば、別表一ないし三記載の分のすべて、すなわち、平成三年分の九件合計一〇六万八五〇〇円及び平成四年分の三八件合計一六七万三八七〇円について、その収入が存在していたのに、総勘定元帳等に計上漏れがあり、税務申告がされていなかったということができる。

2  原告が故意に売上げを隠ぺい又は仮装したものか否かについて

(一) 原告方の収入の管理についてみると、榎並がすべての窓口収入を保険診料収入にはD、自由診療収入にはBの各符号をつけた上でレジテープに打ち込み、一日の収入合計額を一日分の末尾に打ち出していた。そして、榎並は、自由診療収入、保険診療収入ごとの合計金額と両者を合計した金額(末尾に打ち込まれた金額と同額)を手書きでレジテープに記載し、レジの中の現金と照合した上で、原告または原告妻に現金とレジテープを引き継いでいた(甲一の一ないし四、甲四、甲五)。原告妻は、右のレジテープをもとに日計伝票を作成するが、日計伝票には、自由診療収入と窓口収入とを分けて計上し、前日からの繰越高に窓口収入と自由診療収入の各金額を加え、出金額を差し引いたものを翌日繰越高として、翌日に引き継いでいた(甲二の一ないし四、甲五)。

右の管理状況によれば、計上漏れがあった場合には、原告に引き継がれた現金が帳簿上の金額よりも多いことになり、本件では、平成三年分で合計一〇六万八五〇〇円、平成四年分で合計一六七万三八七〇円(平成四年の終わりには二七三万七三七〇円)も現金が多い状態となっていたのであるから、原告は当然にこれに気づくはずである。

この点について、原告は、現金を保管していただけで帳簿と現金を照合することはなく、したがって計上漏れについて認識する機会もなかった旨の供述をしているが(原告供述四六頁)、多額の現金を帳簿と照合することもなく金庫に漫然と保管していたという原告の供述は、それ自体信用し難い。

(二) また、原告は、計上漏れについて、原告妻の誤記や転記の誤りによるものであると主張している。しかし、誤記や転記の誤りならば自由診療報酬額の一部に誤記等が生じて不一致額に端数が生ずるのが自然であると思われるところ、前記認定のとおり、本件においては、総勘定元帳に収入として記載されている売上げについては自由診療カルテないし領収証控えとすべて対応しており、逆に計上漏れとなっている分は、一件当たりの自由診療収入の全額が日計伝票等に計上されておらず、不一致額に端数が全く発生していないというのであるから、不自然である。また、前記認定によれば、原告妻は、すでに自由診療収入の合計額が記載されたレジテープを引き継ぎ、これに基づき自由診療収入を保険診療収入と分けて日計伝票に計上するのであるから、誤記や転記の誤りが自由診療収入の方にだけ集中して発生するというのも不自然である。したがって、別表一ないし三が原告妻の誤記や転記の誤りによるとの原告の主張は採用することができない。

(三) さらに前記のとおり、別表一及び二記載の分については自由診療カルテが存在せず、不自然である。

この点について、原告は、「自由診療カルテは榎並に作成を指示していたところ、榎並が作成を失念したものである。原告が診療内容を十分把握していたからカルテがなくても診療には全く不都合が生じなかった。」と主張しそれに沿う供述をしている(原告供述三七頁)。

しかし、自由診療カルテには、初診の際に患者の患部の特定、装着を予定する義歯等の種別、請求すべき料金等が書き込まれ、次回以降の来診時にカルテの予定通り作製された義歯等を装着し、書き込まれた料金を請求していたものであって、常に複数回の来院が予定されていたのであるから(甲八の一ないし三)、二回以上も続けてカルテの作成を失念するということはありえないし、そもそも、カルテを五年間保存しておくことは歯科医師法二三条によって定められた法的義務であって、歯科医業を営む者がこれほど多数のカルテの作成を失念することは考え難い。また、原告は、技工士が関与する治療だけでも相当多数の患者を診ていたのであるから(甲一一)、診療内容を十分把握していたからカルテがなくても診療には全く不都合が生じなかったという原告供述も、たやすく信用することができない。したがって、原告の右弁解は到底採用することができない。

(四) 本件調査の際、杉山調査官が堀税理士に対し、除外した売上金を入金する銀行口座が存在するのではないかと尋ねたところ、堀税理士から、原告にはそのプライバシーに関わる使途があり、そのような銀行口座は存在しない旨の内々の説明を受けていたこと、この説明は堀税理士の顧客に対する信用をなくすので杉山調査官も原告本人には確認していなかったこと、原告本人も杉山調査官に対し、レジテープに記録された売上金のうち一部を除外した上、レジテープの該当分を横線で抹消していたことを自認していたことを認めることができる(杉山証言一九頁、五二頁、五三頁、六〇頁)。

(五) 原告は、「別表二、三記載の分については、領収証(控)や自由診療カルテが存在するが、原告が売上げ除外を企図していたならば、その決定的証拠となる領収証控えや自由診療カルテを作成・保管していることはあり得ない。」旨主張するが、領収書控えだけが残っていた別表二記載の分は二年間で七件にすぎないし、自由診療カルテが残っていた別表三記載分も二年間で六件のみであるから、それらは原告が廃棄するのを忘れたなどとも考えうるのであって、故意による売上除外の認定を覆すに足りるものではない。

(六) 右の(一)ないし(五)の諸事情を総合勘案すると、原告は、故意に自由診療の一部を総勘定元帳等に計上せず、該当する自由診療カルテの大半を廃棄して、これを隠ぺいしたものと認めるのが相当であり、これは、通則法六八条一項の重加算税賦課決定処分事由及び所得税法一五〇条一項三号青色承認取消処分事由のいずれにも該当するということができる。

3  裁量権の逸脱又は濫用について

原告は、通則法六八条一項、所得税法一五〇条一項三号に該当する事実があったとしても、このような軽微な事例について、青色承認取消処分や重加算税賦課決定処分をすることは裁量権の逸脱又は濫用として違法である旨主張している。しかし、前記認定のとおり、本件は原告が故意に収入を隠ぺいしたという事案であり、故意に収入を隠ぺいすることは、青色申告者として重大な違反であるから金額の多寡は必ずしも問題ではなく、また、そもそも本件で隠ぺいされた金額は、平成三年分で合計一〇六万八五〇〇円、平成四年分で合計一六七万三八七〇円と決して少額ではない。したがって、原告の右主張は理由がない。

4  手続違反について

原告は、本件調査の際、被告が、青色申告の承認の取消しや重加算税の賦課があることについて全く告知していないから、手続的な違法性がある旨主張しているが、通則法及び所得税法に照らしても、税務調査時に原告主張のような事項を調査対象者に告知すべき法的義務を認めることができないから、原告の右主張は理由がない。

三  結論

以上によれば、本件青色取消処分及び平成三、四年分についての重加算税賦課決定処分(その金額は、通則法六八条一項に基づき、修正申告書に係る納付すべき税額に一〇〇分の三五を乗じて算出した金額)はいずれも適法である。

そして、原告は、本件青色取消処分により青色申告者としての特典を失ったのであるから、原告が青色申告者としてした平成四年ないし平成九年分の所得の申告に対して、原告妻に対する青色事業専従者給与の額及び青色申告特別控除額を加算し、原告妻に係る事業専従者控除の額を減算する旨の、平成四年ないし平成九年分の各更正処分、さらに、平成六年ないし平成九年分について右各更正決定をもとになされた各過少申告加算税賦課決定処分(その金額は、通則法六五条一項に基づき、増加した納付すべき税額に一〇〇分の一〇を乗じて算出した金額)は、いずれも適法である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 齊木教朗 裁判官 岡部純子 裁判官 片岡武)

別表一

技工記録から判明した売上除外(自由診療カルテ及び領収書の控えが存在しないもの)

<省略>

別表二

自由診療カルテと領収書の控えから判明した売上除外(自由診療カルテが存在しないもの)

<省略>

別表三

自由診療カルテと領収書の控えから判明した売上除外(自由診療カルテが存在するもの)

<省略>

別表四

<省略>

別表五

<省略>

別表六

<省略>

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